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2013年5月29日

Manifesting



5/26/13 Kaimana Beach
when the moom meets the sun, we became universe. 
i'll catch you. 

InLak'ech


2013年5月19日

empty


where is my soul? where are you? 

2013年5月15日

sun & moon

いま
ここ

それだけ

2013年2月9日

新月☆今月の本


図書館で借りていたんだけど、
まどさんの言葉があまりに浸透するので
ずっと持っていたい一冊。









今、ここに存在している
その事実だけで奇跡
私たちは皆祝福されて
ここに呼吸しているんだ

深く深く呼吸しよう
出来るだけゆっくり

本と
大好きな曲たちと
追加するとしたら、落ち着く香りと
そして自分の中心さえあれば
どこでさえも
そこはHOMEだ




BK/Tak

NY時代のみんなのたまり場だった、Brooklynのあのコーナー。
マジかー。
タクヤ君が、NHK-FMに出演だぜ。
嬉しすぎて、気分が上がりすぎて興奮しすぎて眠れない。
一気に気分は13th Streetだ。
タクヤ君の曲を聴くと、完全に感覚がNYにオートフォーカス。
なんてカッコいいんだろう。気持ちがいいこのグルーブ感。

建物の色。
コーヒーの匂い。
決して新鮮じゃないあの空気。

10年の経歴を彼は語っていたけれど、あの努力と人を惹き付ける魅力とユーモアと、センスを備えもって音楽一筋だもの。
当然の活躍ぶりだ。

10年。しみじみ月日を噛み締めたよ。
愛おしい時間。素晴らしき出逢い。
愛すべき仲間たち。Love You, New York. 




2013年1月24日

今夜は愚痴る。叫ぶ。

公務員体質の人間と価値観が違いすぎて、毎回うんざりする。
どうしたものか、この隔たり。
一緒には住めないのだから、出ればいいのだ。
だから10年もアメリカに居てしまったのだけど、帰ってくればこの小さな片田舎で同じことを毎回毎回洗脳させるかのように聞かされる。叫びたくなる。嫌だ。人は誰だって、その人の好きなことを自由に生きる権利がある。オバマも先日のスピーチで言ってたなあ。人間たるものの基本の権利を、親だから、将来を心配しているから、という起こってもいない「不安」を理由に押し付けられ、型にはめられるなんて絶対お断りだ。私はあなたを満足させるために生まれて来たんじゃない。

この渦の中に巻き込まれる前に、逃げ出さなければならない。
非常事態だ。

ハワイでパーマカルチャーを学んで来た。と言えば差し障りないのに、農業だ、スピリチュアルだ、と自然と宇宙の摂理などを話した所で、アレルギー反応を起こす母。
「農業なんて大変。神なんて信じない。」

そう、あなたが信じて拝めているのはお金だけ。

そして常に、お金がない、お金がない、と言って自らお金がない状況を作り出していることに気づきもしない。貧しい環境で辛い幼少期を過ごしたのだから、何も責めたりはしないけれど、あなたの今生の学びを自ら気づいて乗り越えられたらいいね、と横目で思う。


ふう〜。叫んでる間に気持ちも落ちついて来た。溜め込むのは健康によくないな。

とにかく。「生きる」生き方根本の価値観が平行線の人々と、お互いの意見を空に飛ばしながら一緒にいる義務などないだろう。距離こそが慈しむ心を育てることもあるのだ。そうしてきたのだから。
「自由」であることを咎められる社会や家族、それじゃあ何のために何しにこの世に生を受けたんだかわかりゃしない。

Let's move on. I need to get out of here.

2013年1月19日

what do we have in our pockets?



This is so lovely!!


いつぶりか思い出せないほどに懐かしく
「火の鳥」を読んでいる。

今読むとスゴイ。
手塚治虫の世界観が圧倒的で
にもかかわらず、我ら人間は同じことを繰り返していて
申し訳ないなあ。。治虫先生。。

わたしたちは
意識であり
すべては
波動

続きの巻を借りようと出かけたら、
土曜日の図書館は子どもとお母さんで込み合っていた。
週末のこの感じ。懐かしい。
子どもが走り回り、活気のある図書館。
子どもたちの波動は強く明るい。

ぴったり半分の月を見上げながら
夕方の道をゆっくり歩く。
木々は芽をつけていて
何も言わず淡々と季節を息している。


Right Here
Right Now
I'm breathing deeply 
And I've been thinking about you. 




2013年1月13日

snowing day

雪が降る前の湿った空気、あの匂いがすき
深々と降り積もるあの音がすき
心の静寂
静かな世界

久しぶりの雪



2013年1月11日

HOME



"You can always come back HOME." 
thank you SUN for shining on me today

2013年1月2日

ハブ

《1月2日の夢日記》


学校の教室にいる。教室と教室のしきりはなく、廊下のようなロビーには先生の個人的趣味が壁一面に広がっている。深海にいるグロテスクな巨大魚や珍獣が水族館のように陳列されている。恐ろしくて、壁に張り付いて隠れている私。教室から出れないよ〜と弱音を吐く。ふと見上げると上の壁は一面剥製のハブ。

巳年ですけど、年女ですけど、、にしても強烈な夢。

2012年12月19日

根菜類

自分自身が地に足ついてないからか、根っこ類の食べ物がとてもとても好き。レンコン、ごぼう、こんにゃく、ビーツ、生姜、にんじん、蕪などなど、毎日の食卓はほぼこれらの登場で出来上がっている気がする。日本だからかなあ。
歯ごたえが好き。
土臭さがたまらん。
素揚げにしても、煮ても蒸しても美味しい。

昨日は30㎝以上もある、見事な美しいレンコンをにょきにょき大量に頂いた。嬉しい☆こんなクリスマスプレゼントが嬉しい田舎女子。
蓮根三昧。蓮根パーテイ☆


2012年12月18日

borderless






 NO  
 BORDER 
 NO 
 LIMIT 









2012年12月15日

愚痴る

7歳の甥っ子の誕生会。
何が食べたいか、リクエストを聞いたら《からあげ》だと言う。
残念ながら、今夜は家族で焼き肉になったので手作りの唐揚げはしなかったのだけど、夕方近所のスーパーに食材を買いに行った際、母がお惣菜コーナーのパックに入った唐揚げを買った。
帰り道の車の中、私は息が出来なかった。マフラーで鼻と口を覆って浅く呼吸をして20分、やっと帰ってきた。油とケミカルの臭いが充満する車の中、胃がもたれて気持ちが悪い。一体どうしてこんな質の食べ物が市場に出回っていて、人々は何の疑問も疑いも持たないまま食べ物をエネルギーにしているんだろう。質の悪い食事で作られる人は、同質の肉体と精神を持っていると思う。スーパーでは我先にレジに並び、かごが人に当たろうが目も合わせない。どうしたものだろう、この社会。スーパーはプラスチック製品だらけ。ガラス瓶好きな私はアメリカにいるとつい、その後の瓶の使い道を考えてピクルスでもココナッツオイルでも、瓶重視で買ってしまうのだけど、日本のスーパーでは何のトキメキもない。
私は何年ももう焼き肉屋さんに行くことは無くなったけれど、実家にいる間に家族に肉料理を作ることがある。臭覚が異様に敏感な人間なので、時々母が買ってきたパックの肉を焼くと異常な臭いを感じることがある。その度「ネクロファゴ」な野蛮性を思う。かといって人を非難しようという気はなく、人の意識を変えようとも思わない。人の力で変えられるものではないから。人は自らの経験を通して気づきを得ないと、自分の意志を持って変わろうとはしない。身をもって知っている。それがいいとか悪いとか、そういうことでもない。みなそれぞれ成長の過程もスピードも違う。

一番恐ろしいと思うのは、報道やテレビ、CM広告、日常の何気ない情報によって人々が驚くほどBrain Washedされていることだ。コントロールされ、パターン化されている。午前中に行った、甥っ子5歳の幼稚園のお遊戯会。立派な市のホールで行なわれ、あまりのショックで失神しそうになった。12時半から始まり、各園児はダンスと、劇に出てはひっこみ、3時過ぎまで20演目もあった。見ていられないのは、4歳児の女の子たちがAKB予備軍として、まさにそんな状態で肌が露出した、へそだしミニスカートのいで立ちで踊らされていることだ。教育って何だろう。頭を抱えてしまった。品もなく、文化もなく、個性を4歳にして押さえつけられた、パターン化の茶番。女の子はピンク、男の子は青。ジェンダー教育のかけらもなく、幼くともジェンダーに違和感を感じている子が、もしいるとしたら、それはとても息苦しい辛く狭い社会だろうと思う。個性や個の成長スピードもおざなりじゃないか。衣装も纏わず、列のはずれでぽつんとただ立っている男の子がいた。立派な個性だ。ただし、観客の人々は言う。「どうしちゃったんだ、あの子は」私にとっては、先生の指示通り型にはまって、いい子でいる4歳児のほうがよっぽど心配だ。

3年ぶりに日本に帰ってきて、初めてパワハラという言葉を知った。セクハラは知っていたけどパワーハラスメントというのも会社ではあるらしい。だとしたら、幼稚園教育から考えるべきだ。社会人になって会社に入ってから、突然起こる現象ではなく、お遊戯会に既に原石があるのだから。4歳の娘がセックスアピールに溢れた品格が見られない衣装で、お尻を振る振り付けをつけられて踊らされている。選曲も今の流行曲なのか、音でもリズムでもない。歌詞が淫ら。モラルハラスメントしかり、その衣装でカワイイね〜と先生や親に褒められれば、4歳の純粋な子どもたちはそれがロールモデルになるではないか。へそ出し衣装で、ふっくらした子は幼くして他人と比べられ、自尊心を傷つける。

もちろん日本中がこんな教育だけな訳ではなく、モンテッソーリやシュタイナーに関わっている友人や家族もいる。この地域でこういう生活をしている弟夫婦をジャッジする気もない。私は色々な側面を見せてもらって、多様性の幅を大きくし、たくさん考える。NYからハワイ島に移って、子どもたちの野生力を目の当たりにしたときの、あの衝撃と言ったらなかった。私が教育論たるや学んできた全てを、微塵にもぶち壊してくれたハワイ島で出逢った子どもたちに愛と感謝でいっぱいだ。全ての子どもたちが安心して、何に洗脳されることなく、自分の本来の姿を輝かせて笑っていて欲しいと思う。

最後の最後で、年長さんたちの太鼓があった。
18演目の雨雲がすっ飛ぶような、太鼓の振動。嗚呼すばらしかった!振動だよ。心を、ハートを震わせるのは。どんな人種だって、言葉がなくても太鼓のリズムさえあれば大丈夫なんだ!一列に並んで同じ振り付けを間違いなく!ではなくて、同じリズムを共鳴することなんだよね。太鼓は自分のポン!を叩きながらも周りのポン!を聞いていなくちゃ合わないんだから。聞いていたおばあちゃんやおじいちゃんも、全然反応が違う。思い出すんだよね何か、野性的な躍動感を。踊りも音楽も、やっぱり根底に民族文化が流れていて欲しいと思わずにはいられない。色々学んだ一日。
1歳になった姪っ子は、居間をフッツーに歩き回った。ほんの1週間前は2,3歩だったのに!子どもたちのパワーって本当にスゴい。奇跡だ☆

2012年12月12日

12/12/2012











2012年12月12日2時22分 そんな瞬間、そんな今。

2012年12月11日

大切なことは何ですか

繋がりの素晴らしさ☆感謝!

3年ぶりの日本帰国はかなりの長期戦となり、ニッポンのお正月も味わえてしまえそうです。こんなに贅沢に時間を持って読書に明け暮れ、活字を貪欲に吸収できたことが素晴らしい。知識だけの頭でっかちにならないよう、これらをしっかり消化してアウトプットしていけるといいな。

2012年総決算とも言えるべき、素晴らしいイベント@daylight kitchenに参加☆ハワイ島繋がりで彼女の存在を知って以来、その行動力と表現力に魅了されて、心密かにその活動を追いかけてきた。インスパイアーさせられる魅力的な女性。

「大切なことは何ですか」

彼女は自分の経験から、自分の言葉で伝え、答えを見つけて実践している人。何が正解で不正解ということはなく、真っ直ぐな瞳で、己の信じた道をひた進む。カッコいい!私の大切なことは何だろう。帰りの電車で自問する。

自分の価値観をはっきり認識したターニングポイントがあった。
2011年12月。幼児教育を専攻にしていた学校を卒業した時。お世話していた双子ちゃんのお父さんが不動産業に関わっており、空いている物件でDaycare を開けないか?とビジネスの話が舞い降りた。NYの集大成として、やって来たことが形になるのは素晴らしい!と意気揚々、「教育」に携わる者から、「教育ビジネス」を営む者として教育を真剣に考えたチャンスだった。そして出た答えは、NYではない。だった。
NY−文化多様性、食文化、豊かな芸術性と高さ、高水準の教育があり刺激的で忙しい街だ。でもそこには土がなかった。ずっと思っていた。デイケアのグラウンドにも土はなく、子どもたちを近辺の公園に連れて行くと、必ず耳にする "Don't touch dirt! You'll get germs!!" (バイ菌が入るから土に触らないで!)ビルの谷間で遊ぶ子どもたちは、もやしの様だった。
そこに3⋄11。私の心は確信した。太陽と水、自然豊かな場所で私は子どもたちと笑っていたい!って。ぱーっと心が晴れて、行ったこともないハワイの(ハワイ島の)ビジュアルがもうそこには開けていた。

太陽と食事は密接に関わっていて、
水と空気も同様。
美味しい野菜や果物、植物がグングン育つように、人間にだってこんな当たり前の要素がとっても大切。母なる大地を守って生きていきたいな。


2012年12月5日

deadline

12月5日:書類締め切り日
この日をもって、全ての書類を提出して一通り出来ることを託した。
夏から秋になって、2012年も残りわずか。
もっと早くに段取りが出来たんじゃないかとか、その間にあれもこれも出来たんじゃないかとか、そんなことを考えたこともあったけれど、結局そうしなかったし、「動」だけではない「静」の部分で出来ることがあった。全ては必要なタイミングで、必要な経験があった。過ぎた経験にわざわざNegativeな意識を上乗せするのは、意味のないことだ。

期待を持たないこと
依存を手放すこと(何に依存しているか知ること)
注意深くいること(心配することとは別)
意識を集中すること

不必要な圧、感情、通りすがりの人から発せられる低次元なエネルギー、それらは全て自分の心の状態を写す鏡であって、同情も同調して同じレベルの怒りを持つ必要もない。同じベクトルで感情が出る時、それは心に余裕がない時。深呼吸。深呼吸。その人の悲しみも怒りも、私のせいではないということを分かること。同情は必要ないけれど、おもいやりは常にある。そんな状態でいることがベスト。

私は長い間、人のアレコレを自分のせいだと責めていた節があった。約束をドタキャンされれば、それは自分が悪かったのだと自己防衛した。怒りを発散させることが上手く出来なかった。他人との人間関係に関しては克服したものの、未だにフツフツと奥底に残るのは家族間での「本来の自分」をさらすことの躊躇。生まれたてから一番に私を見ているのは両親なのにね。日本で家族と密着していると、つい「家族のなかでの役」に舞い戻ってしまう。本当の意味で、自立が出来ていないと思う。それはグラウンディングが弱いこととも大いに関係しているな〜と思う。まだまだ課題多きIssue。

ひとつ分かるのは、「恐怖心」
ただ、その恐怖心を根深く掘り下げることも、ここ数年やっと出来るようになってきた領域だ。過去に戻ると小学校4,5年生の頃から、記憶として持っている。ヒーラーの人には、3歳の頃のインナーチャイルドを指摘され癒してもらった。自分の3歳の記憶などなかなか持ち越し、記憶していないものだ。その恐怖心が、ありとあらゆる興味を引き寄せるのだから面白い。興味のある分野も、本も、根本はその恐怖があってこそ。


中村勘三郎が逝った。
今日も思う。
昨日居た人が地球上にもう存在しない。
死って何だろう。生きてるって。

今日は私の書類のデットラインだった。
Dead Line。死の境界線。


2012年11月28日

2012年11月26日




ONE 
PASSION 
NO 
LIMIT









空気-振動-感じる

大好きな作家、田口ランディのトークイベントに行ってきた。
素晴らしい時間と、素晴らしいバイブレーションだった!!

自分が好きな作家というのは、自分の感性に近い表現力を持ってる訳で、だからこそ共感しやすい。私は特に田口ランディの扱う題材がとても好きだ。私が小さな頃から潜在意識で持っている興味の対象をくすぐるから。

今までは文字として田口ランディを味わって読んできた訳だけど、直に本人から発せられる言葉としての情報ってやっぱり強いなあ〜と思った。シャーマニズムのトークの後のライブがまたスゴかった☆
巻上公一さんという人が、宇宙と交信してる〜!みたいな喉を使ったホーメイという音を発することが出来る人で、感動的な体験だった。どうやって音を出しているんだろう?と視覚に夢中になってしまうより、これは音に飛び込もう!と、私は終始目を閉じて、聴覚を研ぎすませた。そうすると本当に宇宙のどこかにぽーんと投げ出されたような、素晴らしく気持ちのいい感覚で。。音って、空気の振動を感じるものだった!!っていうのがまじまじと感じられた。手はビリビリするし、音に耳をこらしていると、次に臭覚が冴えて甘い匂いを感じると、喉の奥で味覚が冴える。
五大(地、水、火、風、空)にそって、他の音楽家の皆さんが奏でる音がみな違って味わい深くて、贅沢な時間だったなあ〜〜。
住職の互井観章は超エンターテイナーな魅力的な人で、落語の小咄のような引き込み方でお経と般若心経をお話してくれた。

とにかく濃く深い内容だったから、未だ消化不良。

私は高校くらいからずっと水フォビアで、水族館どころか金魚の水槽も嫌で、TVで深海の神秘とか、図鑑でクジラを見るのも嫌だったんだけど、不思議なことに昨夜TVでやっていたクジラとシャチのドキュメントを普通に見ることができた!ってことに気がついた☆ハワイに移動して以来、水がどんどん近くなる。で、田口ランディさんのトークのことを色々考えていた訳なのだけど、お風呂の中、水の中にいるとサラサラと思考が整う。自分の中ですっきりして、まとまった考えを記録しておこう!といざノートやブログに書き出すと、あらら。何を考えていたかが有耶無耶。

仕方ない。今感じるままに、とにかく記録しておこう。


2012年11月19日

The sign of puzzles

長いトンネルを歩いていたように思う。

今日やっと、思いもせず、小さな数々のパズルのピースが
合わさった!ひとつひとつ、意味は分からず直感と興味だけで手にとってきたサインが、そこにひとつ大きなものとして、真実としてあった。
嬉しくて、感動して、叫んじゃった。
"I got it!!"

私はずっと見守られて、導かれていたんだなあ。
委ねることを取り戻すまで、日本での過去を許し、いつの間にか背負っていた概念や感情、トラウマを手放し、全ては自分が選択した道だったと再確認、再選択し直し、何しろやはり自分を許して、今のままあるがままを受け入れたら光があった。
自分を信頼することを疑わなかったら大丈夫だ。
私は大丈夫。