7歳の甥っ子の誕生会。
何が食べたいか、リクエストを聞いたら《からあげ》だと言う。
残念ながら、今夜は家族で焼き肉になったので手作りの唐揚げはしなかったのだけど、夕方近所のスーパーに食材を買いに行った際、母がお惣菜コーナーのパックに入った唐揚げを買った。
帰り道の車の中、私は息が出来なかった。マフラーで鼻と口を覆って浅く呼吸をして20分、やっと帰ってきた。油とケミカルの臭いが充満する車の中、胃がもたれて気持ちが悪い。一体どうしてこんな質の食べ物が市場に出回っていて、人々は何の疑問も疑いも持たないまま食べ物をエネルギーにしているんだろう。質の悪い食事で作られる人は、同質の肉体と精神を持っていると思う。スーパーでは我先にレジに並び、かごが人に当たろうが目も合わせない。どうしたものだろう、この社会。スーパーはプラスチック製品だらけ。ガラス瓶好きな私はアメリカにいるとつい、その後の瓶の使い道を考えてピクルスでもココナッツオイルでも、瓶重視で買ってしまうのだけど、日本のスーパーでは何のトキメキもない。
私は何年ももう焼き肉屋さんに行くことは無くなったけれど、実家にいる間に家族に肉料理を作ることがある。臭覚が異様に敏感な人間なので、時々母が買ってきたパックの肉を焼くと異常な臭いを感じることがある。その度「ネクロファゴ」な野蛮性を思う。かといって人を非難しようという気はなく、人の意識を変えようとも思わない。人の力で変えられるものではないから。人は自らの経験を通して気づきを得ないと、自分の意志を持って変わろうとはしない。身をもって知っている。それがいいとか悪いとか、そういうことでもない。みなそれぞれ成長の過程もスピードも違う。
一番恐ろしいと思うのは、報道やテレビ、CM広告、日常の何気ない情報によって人々が驚くほどBrain Washedされていることだ。コントロールされ、パターン化されている。午前中に行った、甥っ子5歳の幼稚園のお遊戯会。立派な市のホールで行なわれ、あまりのショックで失神しそうになった。12時半から始まり、各園児はダンスと、劇に出てはひっこみ、3時過ぎまで20演目もあった。見ていられないのは、4歳児の女の子たちがAKB予備軍として、まさにそんな状態で肌が露出した、へそだしミニスカートのいで立ちで踊らされていることだ。教育って何だろう。頭を抱えてしまった。品もなく、文化もなく、個性を4歳にして押さえつけられた、パターン化の茶番。女の子はピンク、男の子は青。ジェンダー教育のかけらもなく、幼くともジェンダーに違和感を感じている子が、もしいるとしたら、それはとても息苦しい辛く狭い社会だろうと思う。個性や個の成長スピードもおざなりじゃないか。衣装も纏わず、列のはずれでぽつんとただ立っている男の子がいた。立派な個性だ。ただし、観客の人々は言う。「どうしちゃったんだ、あの子は」私にとっては、先生の指示通り型にはまって、いい子でいる4歳児のほうがよっぽど心配だ。
3年ぶりに日本に帰ってきて、初めてパワハラという言葉を知った。セクハラは知っていたけどパワーハラスメントというのも会社ではあるらしい。だとしたら、幼稚園教育から考えるべきだ。社会人になって会社に入ってから、突然起こる現象ではなく、お遊戯会に既に原石があるのだから。4歳の娘がセックスアピールに溢れた品格が見られない衣装で、お尻を振る振り付けをつけられて踊らされている。選曲も今の流行曲なのか、音でもリズムでもない。歌詞が淫ら。モラルハラスメントしかり、その衣装でカワイイね〜と先生や親に褒められれば、4歳の純粋な子どもたちはそれがロールモデルになるではないか。へそ出し衣装で、ふっくらした子は幼くして他人と比べられ、自尊心を傷つける。
もちろん日本中がこんな教育だけな訳ではなく、モンテッソーリやシュタイナーに関わっている友人や家族もいる。この地域でこういう生活をしている弟夫婦をジャッジする気もない。私は色々な側面を見せてもらって、多様性の幅を大きくし、たくさん考える。NYからハワイ島に移って、子どもたちの野生力を目の当たりにしたときの、あの衝撃と言ったらなかった。私が教育論たるや学んできた全てを、微塵にもぶち壊してくれたハワイ島で出逢った子どもたちに愛と感謝でいっぱいだ。全ての子どもたちが安心して、何に洗脳されることなく、自分の本来の姿を輝かせて笑っていて欲しいと思う。
最後の最後で、年長さんたちの太鼓があった。
18演目の雨雲がすっ飛ぶような、太鼓の振動。嗚呼すばらしかった!振動だよ。心を、ハートを震わせるのは。どんな人種だって、言葉がなくても太鼓のリズムさえあれば大丈夫なんだ!一列に並んで同じ振り付けを間違いなく!ではなくて、同じリズムを共鳴することなんだよね。太鼓は自分のポン!を叩きながらも周りのポン!を聞いていなくちゃ合わないんだから。聞いていたおばあちゃんやおじいちゃんも、全然反応が違う。思い出すんだよね何か、野性的な躍動感を。踊りも音楽も、やっぱり根底に民族文化が流れていて欲しいと思わずにはいられない。色々学んだ一日。
1歳になった姪っ子は、居間をフッツーに歩き回った。ほんの1週間前は2,3歩だったのに!子どもたちのパワーって本当にスゴい。奇跡だ☆
2012年12月15日
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