2009年12月19日

Just a week, but enough for a weak

2009年はなんて変化に富んだ年だったろう。
あっという間の1年、と思っていたけれど、
この1週間は、さらに1年分の全てを詰め込んだような
凄まじい1週間だった。

起こったことは、仕方が無い。
10分前のことだろうが、過去は過去。
そこから何を学ぶか、進むしかない。

自分は一人じゃないって、今回本当に、
ホントウに素晴らしい友人に救われた。
「起こる事には,全て意味がある」と言った
Yucoさんのフライトが5日延びたことに意味が
あるならば、それは私にとってとても重要で
あの夜、Yucoさんがいてくれたことが何よりの救いだった。

ファイナルの二つの大きな試験を乗り切れたのは
TinaとSpencer無くては無理だったに違いない。
深夜過ぎだと言うのに、快くアパートのドアを開けてくれて
朝方まで色々な話をした。猫たちもずっと側から離れずに。
(猫を犬と比べてアホだと言う人がいるけれど、
猫と子供は私とよっぽど相性がいい。スピリチュアルに
繋がっていると、確信して言える。気持ちが通じるのだ。)

Sayokoちゃんの優しさは計り知れない。
Koji君のまわりに人が集まる訳、だってあんなにも大きな愛で
惜しむことなく注いでくれるのだから。
そうか、彼女は死んでしまった。私は辛くても生きている。
そうだね、生きていてよかったよ、辛くとも。

1週間で偶然にして鉢合わせした人たちからも、
多くのSignを得た。偶然に会った訳ではなく、会う為に会った。
学校もまだ始めの頃、英語のクラスで一緒だったコリアンのDonwu。
彼は去年,壮絶な体験をして全てのクラスを落とした。
付き合っていた彼女が、バスルームの中で自殺して
最初に発見したのが彼だった。あまりのトラウマに去年
図書館で会った時は、別人だった。彼女の供養と責任を感じて
専攻を変え、彼女が勉強していたメジャーをとり始めた。
死ぬ気で勉強したに違いない。ファイナルの前に,図書館で
ばったり会い、今年で卒業することが出来ると言った。
そんな彼に励まされた。あんなにも辛い想いをしたのに、
どん底を知っている人たちとは、本当に本当に暖かだ。

ファイナルが終わったら、次に待っていたのはビザ問題。
3時間もオフィスで待ったあげく、会えないだとかランチタイムに
行くだとか、まさにRed Tape. Hate Bureaucracy!  
待っている間に日本人に話しかけられた。
とても暗い雰囲気を纏った、40歳くらいの日本人女性だ。
ファイナンシャルクライストだと言う。
日本に帰るつもりも、お金の余裕も無いと言うのに、
母親の調子が悪く,急遽戻らなくてはいけなくなったと泣くのだ。
一瞬,心が動いた。今年は自分にもまわりでも本当に辛い事が
多いから分かりますよ。と言った後に、しまった!と思った。
直感が、同情してはいけない。同調してはいけない、と
確かにその時私を止めたのだ。この暗いネガティブオーラを
悶々と発揮している彼女の沼に、引っ張られては私も
落ちると思った。負のオーラは強く、周りを引きずり込む。
明日のビールの誘いを丁重にお断りして、
私はすぐTinaに電話をかけた。

気持ちは7日前よりずっと楽だ。
考えれば絶望的になることは、山ほどあるけれど
ひとつひとつクリアにしていくしか方法はない。
分かってる。この痛みはOn/Offでこの先1年先だって、
5年先だってついて回るものだ。
毎朝、新しい一日が始まる。そしていい聞かせる。
“This is a reality that I have to accept it. "

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